神様の商標登録

二〇一五年十月。「瀬織津姫(セオリツヒメ)」という縄文の女神の名が商標登録されていることが一般に知られるところとなり、精神世界に関心が高い人々のあいだで、大きな論議を呼んだ。いわく──

「瀬織津姫という神が〝金の成る木〟と判断したため、それを独占しようと考えたのだろう」
「姫神の神名を(なぜ)金銭云々という行為が伴う、独占する行為をなさったのでしょうか」
「神への冒涜である」

──等々。特許庁や国家に対する不見識を嘆くものもあれば、なかには「憲法違反」という論まであり、おだやかではいられない。

データベースで確認してみると、商標第5415463号、出願区分は35類。平成十九年に制度開始した「小売等役務商標」と呼ばれる区分で、小売または卸売業の看板やショッピングカート、包装紙、制服等の表示が対象。商標「瀬織津姫」は、出願人が手がけている書籍やCDの小売を指定するばかりでなく、ありとあらゆると言っていいほどの商品の「小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を細かく指定している。ここが「ほとんどの商品を網羅して使えないようにしている」と批判される所以でもある。

権利者である有限会社ヤンズの山水治夫氏は、自身のブログのなかで「僕は瀬織津姫をなにも独占しようと思いしたわけではありません」。また、お守りや札、書籍やアロマなど、すでに瀬織津姫名を冠したものが流通し、権利行使していないことを理由に、独占や金員が目的ではないことを強調している。

商標は権利取得しても、過去3年間、実際に使用されていなければ「不使用取消審判」の対象となる。

日本酒や包装紙、自動車にも

ところで、うちの特許事務所でも神様の商標登録を手がけたことがある。ある神社の氏子が、以前神社が配布していた木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)の図版を和菓子の包装紙に使用したい旨、神社へ相談し、一事業主に独占されないように、またほかの氏子や地域でも広く使ってもらえるようにと、神社が菓子の区分(30類)他で図形を出願・登録した。ちなみに我が国でもっとも重要な女神「天照(アマテラス)」の商標は四〇件。一例として、富士重工(株)の「AMATERRAS/アマテラス」(第2520860号/9類・12類=自動車ほか)がある。

商標制度は、八百万の神々の国といえども、広くあまねく信仰をあつめる神々の世界とは相容れないことも多いらしい。下界の決まりごとの前で、女神たちがさざめくように笑っているような気がする。

特許業務法人プロテック プリント版ちざいネタ帖 Vol.5 2015/12/25より