マイナス金利と知財金融

2016年1月29日、日本銀行は欧米並みのマイナス金利政策の採用を発表。妙薬か劇薬か、はたまた副作用は──と市中は戦々恐々。一方で資金需要の喚起が予測され、なかでも中小企業を対象とした「知財金融」がにわかに注目を集めだした。

知財金融には、(1)特許権など知的財産権を担保とする融資と、(2)特許権などの知的財産権を保有している事実をもとに企業競争力や資金返済力の一部として評価し融資するものの2種がある。このうち(1)はライセンスビジネス等限定的なケース。(2)は知財を活用したビジネス全体を評価する「知財ビジネス評価書」をもとに経営評価するもの。評価は金融機関と提携した第三者機関が行う。

現在、知財ビジネス評価書に取り組んでいる金融機関は、政策金融公庫のほか、東京都民銀行、千葉銀行、愛知銀行など、22行(平成26年度)。特許庁では平成26年度より知財金融促進事業をスタートさせ、知財ビジネス評価書の無料作成や、評価機関(提携作成会社)の育成をするほか、普及啓発のため、融資マニュアルの作成などをすすめている。近い将来、評価制度の拡充等により、地方銀行や信用金庫などにも急速に普及の見込みとか。地方創生のカギとなることも期待されている。

渉外担当がまめに足を運び、事業性の評価をしていた時代はいまやむかし。不動産担保でもなく、かたちのない技術力や知的財産が、資金需要を満たす時代がやってきそうだ。

 時計

たのしく仕事をするため

「時間貯蓄銀行」を設定したファンタジー小説『モモ』(*)を世に問うたドイツの作家ミヒャエル・エンデは、金利につられ時間を銀行に預けることで、逆に時間に追いまくられ、人々が疲弊するさまを描く。

時間は貨幣のアナロジー。児童文学に名を借りて、貨幣経済を痛烈に批判したものだ。彼がその著書『エンデの遺言』のなかで言及した地域通貨の発想は、我が国において地方活性化を目指した地域通貨導入の際に精神的支柱となった。主人公『モモ』の親友、道路掃除夫ペッポの言葉を紹介しよう。

「いちどに全部のことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎの一呼吸(いき)のことだけ(中略)を考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」

「するとたのしくなってくる、これがだいじなんだな、たのしければ仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」

知財金融は緒についたばかり。われわれ弁理士・特許事務所は、クライアントに対してつぎの一歩を示し、企業活動を楽しくするお手伝いをするという、活躍の場が見えてくる。

 

*出典

ミヒャエル・エンデ『モモ』(岩波少年文庫127)

(プリント版 ちざいネタ帖 Vol/7 2016/02/23 より)

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マーケット変化と商標ライセンス

インフルエンザなど感染症対策の第一は、うがいと手洗い。発売以来、日本のうがい薬マーケットを牽引してきた「明治 イソジンⓇ うがい薬」が、来る3月末にライセンス解消というニュースが飛び込んできた。

データベースを確認してみると、イソジンⓇの出願は1960年。出願人は米国系製薬会社のムンディフアルマ社。61年に医療用の殺菌消毒薬として明治製菓(当時)が発売し、83年に市販薬を発売。キャラクター「カバくん」も、85年にはテレビCMに登場し、後に図形商標登録している。つまり、「イソジンⓇ」の名称と「カバくん」は30年以上にわたり、ブランドを育ててきたわけだ。それが2016年4月には、明治は、商標「イソジンⓇ」の名称が消え、「明治うがい薬」の名と「カバくん」マークで独自路線を行く。半世紀以上にわたる関係の解消の背景にあるものは、なんだろうか。

 

明治うがい薬

* 図版:株式会社明治プレスリリース2015/12/9より

報道によれば、ムンディフアルマ社は、欧米を中心に慢性腰痛やがんに伴う痛みの治療薬を販売してきたが、昨年から日本を重点地域に定め、積極投資。その一貫として、すでに日本市場に浸透しているイソジンⓇブランドを自社展開することを決め、シオノギ製薬が独占販売する。フェミニンケアなど幅広い商品を計画しており、菓子や乳業など多様な食品を提供している明治よりも、製薬やヘルスケア商品に特化したシオノギに乗り換えたということだろう。

廃棄不徹底がブランドを傷つけかねない状況が頻発している昨今──。明治のイソジン製品が4月以降は市場に流通しないよう、徹底した在庫回収策がとられることが期待される。

高級感がウリでなくなったとき

商標のライセンス解消といえば、「プランタン銀座」が、仏プランタン社との商号・商標契約を2016年末で終了するというニュースが同じころに届いた。プランタン銀座は、1984年、破竹の勢いだった(株)ダイエーが、安売りスーパーの別業態として、おしゃれで高級なイメージを獲得して開業。30年余を経た現在は、読売新聞グループの会社が運営し、ニトリやユニクロも出店する商業施設になっている。ダイエーの変遷はもとより、その時代の目論見は継続できず、いまや高級感あふれるフランスの老舗百貨店「プランタン」とのイメージの齟齬は否めない。契約期間の満了とともに更新に至らなかったのもいたしかたないことだろう。2017年春の新装開業後は、主婦や訪日外国人需要を含めた幅広いターゲットに訴求する予定だそうだ。

歌は世につれ、世は歌につれ⋯⋯⋯⋯。商標やライセンス契約も「世につれ」というわけ。

*プリント版「ちざいネタ帖 VOL.6」(2016/01/25  特許業務法人プロテック発行より)