知財のかたまり「空調服®」

酷暑にみまわれた2019年夏。東京オリンピック2020に向けた準備が急ピッチですすむなか、爆発的なヒットを飛ばした商品がある。あちこちの建築工事現場でみかけるモコモコ膨らんだ作業服、「空調服®」。発売以来最大の約130万着を記録したという。空調服とは(株)空調服による「(猛暑対策用)電動ファン内蔵ウエア」のことで、密閉性の高い長袖服の腰のあたりに2基のファンを搭載。服の中に風を送ることで汗を気化させ、気化熱を奪い身体を冷やす仕組みで、人体が本来備えている「生理クーラー理論」に基づくものだ。

同社ホームページによれば、現会長で開発者の市ヶ谷弘司氏は元ソニーのエンジニアで、東南アジアでビル建設現場を眺めているうちに「電力消費量はすごいだろうな」と考え、これが〝空気を涼しくするのではなく、着衣で涼しくすること〟を思い立つきっかけになったとか。生理クーラー理論は、人間には脳を制御装置として皮膚や体温を温度センサーに暑いと感じた際には汗腺から必要量の汗を出し、汗の気化熱で体温をコントロールする生理機能に着目。空調服着用の場合、身体と平行に大量に空気を流すため、汗の完全蒸発=生理クーラーが効いている状態が一般服よりも広く涼しく感じられる。

普通名称化への懸念

気になる知的財産はといえば、1着あたり20ほどの特許技術が使われているといい、現在では、海外を含めたライセンス生産や販売も積極的に行われている。(株)空調服の研究機関である(株)セフト研究所の特許出願件数は、国内特許で約120件、中国やヨーロッパなどへの外国出願も約20件に上っている。ブラウン管関連技術に携わってきた市ヶ谷氏にとっては、元来は専門外の技術だったと考えられるが、ひらめきを形にしてゆく飽くなき探究心と粘り強さ、そして知的財産を重要視してきたことが、今日の繁栄を築いているようで頼もしい。

ところで、「空調服」の名称は(株)空調服の登録商標〔登録第4871177号〕。2004年に(株)セフト研究所名義で出願したもので、空調服を発売した翌年の平成17(2005)年には社名に採用している。現在、出回っている電動ファン内蔵ウエアの4割は、空調服(ライセンス契約者含)以外の製品だそうだ。実際、空調服専門の販売サイト名にも使用されている(許諾やライセンス契約しているのかもしれないが)。商標登録はしていても、すでに普通名称化しつつあるという懸念がないではない。

商標の普通名称化とは、特定の企業が提供する商品・役務を識別する標識としての機能(自他商品役務識別機能・出所表示機能)を有していた名称が、徐々にその機能を消失させ、需要者(エンドユーザーなど)の間で一般名称として認識される現象をいう。人気商品ならではの悩みかもしれない。

特許業務法人プロテック プリント版ちざいネタ帖 Vol.43 2019/09/10より